デス・オーバチュア
第238話「鮮血の吸血姫」



吸血王の退場と共に、太陽が完全に沈み、夜の帳が下りた。
まるでいきなり真夜中になったかのように、深い闇が世界を覆い尽くす。
『美味しいとこだけ、ご飯だけ持っていきやがって……相変わらず嫌な親父だぜ!』
闇夜の中にあって、なおはっきりと姿が見える程に、より深く暗い闇が一点に集まり、形を成した。
赤みがかった髪と瞳をした全裸の幼い少女。
「……吸血鬼の生き汚さを甘く見ていたみたいね……」
セレナは、ミッドナイトの長槍に貫かれた脇腹を左手でさすっていた。
脇腹の傷(孔)だけは癒える(塞がる)気配がまるでない。
「痛てえだろう? 鮮血の長槍(ブラッドロンギヌス)に付けられた傷は治りにくいからな……んっ……ああああぁぁっ!」
突然、全裸の少女……赤月魔夜の背中から大量の鮮血が爆発的に噴き出した。
鮮血は凝固し、巨大な蝙蝠の翼を六枚、魔夜の背中に作り出す。
「これで翼の数はお揃いだな」
「嫌ねぇ〜、パクリ? まあ、私の方が月光翼(蝶の羽)の分多いけど〜」
「まあ、そう嫌がるなよ……傷つくぜ!」
魔夜は悪戯っぽく笑うと、両手で己の胸を掻きむしった。
「おお、痛てえ痛てえ……」
楽しげな微笑を浮かべたまま、流れ出した鮮血を両手で体に塗りたくっていく。
「自傷趣味〜? 変態ぃ〜?」
「はっ! てめえにだけは言われたくないぜっ!」
体中に塗りたくられた鮮血が暗く輝いたかと思うと、透けるように薄い深紅のドレスと化し、魔夜の体を着飾っていた。
「さあ、遊ぼうぜ」
深紅の六翼の前にそれぞれ一つずつ赤黒い球体が発生する。
「遊ぶねぇ……いいわよ、あなたが死ぬまで遊んであげるぅ〜」
セレナは暗黒翼を羽ばたかせて、魔夜へと大鎌で斬りかかった。
「そいつは嬉しいぜっ!」
深紅の翼から、六個の赤黒い球体が解き放たれる。
球体は、ショヴスリ(穂先の両側に蝙蝠の翼のような刃が付いた槍)に変じ、セレナに襲いかかった。
「ショヴスリ〜? マイナーな武器を選ぶわねぇ〜」
赤い光刃の大鎌が一閃され、六つのショヴスリが粉々に打ち砕かれる。
「まだまだいくぜ!」
一度に六つずつ、ショヴスリが次々に撃ちだされた。
「所詮、子供は子供ねぇ〜、親には遠く及ばないわぁ〜!」
セレナは大鎌を振り回し、ショヴスリを掻き消し続けていく。
一つ破壊する際に、自らの三日月刃も打ち砕かれてしまった長槍と違い、ショヴスリは一振りでかなりの数をまとめて消し飛ばすことができた。
「じゃあ、これならどうだ?」
六枚の翼の前にできた六つの球体(砲門)から、膨大な血(赤い閃光)が一斉に放射される。
出力が三倍以上に増幅されたBLOOD ENDだった。
「あら、凄い……でも、無駄無駄ぁ〜」
セレナが左手を突きだすと、前方に透明な障壁が形成され、赤い閃光を全て遮り続ける。
「だと思ったぜっ!」
「あらぁ〜?」
魔夜はセレナの眼前に出現すると、両手にそれぞれ持った赤黒い巨大なフィランギ(片刃の直剣)を振り下ろした。
2メートルを超すフィランギ(弓状護拳(ナックルガード)のある刀剣)は、障壁を容易く切り裂き、その向こうのセレナの胸を交差するように掠める。
セレナの乳房の上に、小さなバツの字の傷が刻まれた。
「っ……」
「どうだ、驚いたかよ? 魔力を込めた血の剣(ブラッドソード)は障壁もバリアも何でも切り裂くぜ!」
血は知にして力、吸血鬼の存在が強大なら強大な程、その血から生み出された武器も強大な力を発揮する。
「らあぁっ!」
交差したフィランギの刃が鋏のように、セレナの腹部を挟み込もうとした。
セレナは鋏が閉じられる寸前に、上空に飛び上がって回避する。
「逃がさないぜ!」
魔夜はセレナの後を追って上昇し、フィランギを振り上げる。
「親子揃って癇に障るぅっ!」
フィランギの交差した一点、一瞬を赤い光刃の大鎌が斬り捨てた。
二振りのフィランギの剣身が半分以上砕け散る。
「まだまだっ!」
剣を握る両手から血が噴き出すようにして、鮮血のフィランギは瞬時に再生(再構築)された。
蘇ったフィランギが、左横と右下からセレナに斬りつけられる。
「それが癇に障ると……生意気だと言うのよっ!」
「おおおおおっ!?」
セレナの全身から放出された暗黒の波動が、魔夜を弾き飛ばした。
「来い、天叢雲!」
刀身を砕かれた剣が飛来し、セレナの左手に握られる。
「暗黒炎!」
柄と鍔だけに等しい剣が闇色に変色したかと思うと、唾から暗黒の炎が刃の形に噴き出した。
「暗黒水!」
黒炎が消えた瞬間、暗黒の水が噴出する。
「暗黒風! 暗黒土!」
水刃が暗黒風の刃に切り替わり、風刃が宝石のように輝く刃へと変質した。
「四方の暗黒を束ね、生まれ出よ、真なる暗黒の刃!」
この世でもっとも暗く禍々しい暗黒でできた魔剣がセレナの左手に誕生する。
「魔皇……暗黒四凶剣(あんこくしきょうけん)……」
「魔皇剣!? 魔眼皇の……」
「ええ、あなたのブラッドソードと同じようなもの……私の『力』の塊よおおおっ!」
セレナが魔皇暗黒四凶剣を一閃すると、黒炎の大波が吐き出され、魔夜を呑み込もうとした。
「ちぃぃっ!」
魔夜は二振りのフィランギで黒炎の波を切り裂いて、辛うじて自分の身が抜けられるだけの穴を生みだし突き抜ける。
黒炎の波を抜けた魔夜の前に、無数の暗黒風の刃と、黒金剛石の槍が飛来した。
「ばあああっ!?」
二振りのフィランギをデタラメに振り回し、ギリギリで迎撃し続ける。
「闇の八雲蛇剣(クサナギ)!」
「げええぇっ!?」
暗黒水でできた八首の大蛇が、暗黒の風刃と槍の処理に必死な魔夜へと襲いかかった。
「とおお〜? うおお〜?」
魔夜は危なげに八首をかわしながら飛び回る。
完全にはかわしきれていないのか、八首はかわせているがその風圧や衝撃によってか、魔夜の深紅のドレスが少しずつ切り裂かれていった。
「命懸けの神業回避御苦労様ぁ〜、ここが終着よっ!」
「いっ!?」
魔夜の眼前にセレナが出現する。
魔皇暗黒四凶剣が振り下ろされ、二振りのフィランギが跡形もなく吹き飛んだ。
「魔皇暗黒四凶剣(コレ)、あなたにあげるわぁ〜」
「げふぅっ!?」
セレナの左手から解放された魔皇暗黒四凶剣は魔夜の胸の中心を刺し貫くと、地上を目指して高速で落ちていく。
やがて、暗黒の炎、水、風、土の全てを内包した大爆発が地上で巻き起こった。
「まったく、うざいのよぉ〜、どうせ完全に滅んでいないんでしょうけど……しばらく死んでなさぁい〜、きゃははははははっ!」
高笑いをあげるセレナは、暗黒の翼を羽ばたかせて、黒羽を周囲に撒き散らす。
「ん?」
舞い散る黒羽の中に消えようとしていたセレナは、大鎌を両手で握り直すと、突然飛来した八つの矛を薙ぎ払った。
薙ぎ払われた八つの矛は地上へと突き刺さる。
「せっかく切り札を見せたんだし、さらなる奥の手……奧の目?……も見せて欲しいよね、ヌーベルアリスちゃん」
八芒星を描くように地上へ突き立った八つの矛の中心に、抱えた人形に話しかけている修道女の姿があった。
「しつこいわねぇ〜、まだ蟻が居たのぉ〜?」
「ああ、心配しなくても私はたかる気ないわよ。ただとことん観察……観戦したいだけ〜」
修道女……ディアドラ・デーズレーは手にしていた聖書のような分厚い書を開くと、その中に八つの矛を吸い込んでいく。
「観察ぅ〜? いったいいつから覗いていたのよぉ〜?」
「えっと、奥様と一緒に来たから……奥様と白銀の亡霊の戦闘から……かしら?」
「呆れたぁ〜、私が姿を見せる前じゃないの……」
セレナは言葉通り呆れたように嘆息した。
どうやら、覗き魔としてはこの修道女の方が遙かに格上なようである。
「悪いけど、もう帰らせてもらうわよぉ〜。魔王とか魔王もどきとかぞろぞろ出てこられたらキリがないもの……まあ、殆どがアンブレラにやられちゃっているから大丈夫だと思うけど……ゆっくりしてて万が一、伯父様やお兄様に出て……」
「来られたら面倒なことになるわけじゃな?」
「えぇ〜、そ……猫?」
いつの間にか、ディアドラの背後に、猫耳メイドな死神幼女が立っていた。



「まったく、日に二度負けるなど妾は阿呆か? 冗談ではないわっ!」
女ディーラーに抱きかかえられた水色の人形が喚いていた。
「聞いておるのか、蘭華(ランファ)!? お主の頼みを聞いてやった妾に対して……」
「よく言うわね、シルヴァーナに負けた鬱憤を晴らしたくて、自分から戦いたがったくせにぃ〜」
「ぬう……」
妖精のような人形が女ディーラーの後をついてきている。
深い緑色の髪、ビスチェ型でスカートの前面に深いスリットが入った純白のワンピースドレスを纏い、七色に輝く蝶のような羽を生やしていた。
蝶の羽からは七色の鱗粉が常に美しく撒き散らされている。
リセット・ラストソードの人形形態だった。
「セシアの愚痴はどうでもいいけど、クリティケーおいてきて本当に良かったの?」
七色の羽の妖精は、蘭華の耳元に囁くように尋ねる。
「…………」
女ディーラーは何も答えず、歩みを進めた。
一人と二体の後を、意識のないクリーシスがぷかぷかと浮遊して付き従う。
セシアを抱きかかえるために片手が塞がってしまった女ディーラーは、残った片手でクリーシスを引きずろうとしたが、リセットがそれを止めて、自分の力で浮かせることにしたのだった。
「ええい、もう今日は厄日じゃ! さっさと帰って妾は休む! 急がぬか、蘭華!」
腕の中のセシアがやけになったように喚く。
「抱えてもらってるくせに、偉そうにぃ〜」
「やかましい! 妾にはお主やクリティケーのような羽が生えておらぬから仕方あるまい!」
セシアにはもう浮遊飛行する力も残っていなかった。
シルヴァーナから受けたダメージが回復しきっていない上に、二度目の現臨は本来の主人であるアリスによる正式なものではない。
要するに、無理に無理を重ねて、セシアの精神はヘトヘトだった。
「まあ、早く帰って休みたいのはリセットちゃんも大賛成だけどねぇ〜」
リセットの口調というか雰囲気は、女騎士の時より子供っぽいというか、見た目の妖精の姿に相応しいものになっている。
「やあ、久しぶりだね」
前方の大木に紫色の少年が寄りかかっていた。
「何じゃ、そなた……悪鬼羅刹の類か?」
「いい眼をしているね……まあ、そんなところだよ」
紫色の少年……羅刹王ラーヴァナこと破壊魔フィンは、力無い微笑を口元に浮かべる。
「君のその姿には少しだけ驚いたよ」
「…………」
女ディーラーは、フィンには答えず、リセットへ目配せした。
「え、置いていくの? この人……鬼に任す?」
クリーシスが浮力を失って、地に横たわらされる。
それを確認すると、女ディーラーは無言でフィンの横を通り過ぎた。
「じゃあね、紫鬼(むらさきおに)さん〜」
リセットはフィンの眼前を掠めて、女ディーラーの後を追っていく。
「やれやれ、荷物を押しつけられてしまったな……」
一人と二体の姿が完全に見えなくなると、フィンは無気力な眼差しを、横たわるクリーシスへと向けた。



「美しき羅刹女(らせつめ)よ、君は狂月の魔皇にたからないのか?」
クロスを抱きかかえたミッドナイトは、森の中で紫の外衣(マント)を羽織った女性と向き合っていた。
「……私は意味無き闘争はしない……」
紫の女性……ネツァク・ハニエルは静かに答える。
「ふむ、羅刹というのはもっと好戦的な鬼かと思っていたが……どうやら違うようだ」
「間違えるな、羅刹は破壊の鬼……修羅のように戦いも、夜叉のように殺しも愉しまない……ただ純粋に、この世の全てを破壊し尽くすだけだ……」
「戦鬼、殺鬼、破壊鬼……果たしてどの鬼が一番質が悪いのかな……?」
ミッドナイトは嫌みなほど優美な微笑を浮かべた。
「…………」
「……で、君の目当てはコレかな?」
微笑を深めると、クロスの頬に唇を寄せる。
「奪ってみるか?」
「いや、預けておこう……」
「いいのか? 君の大事な『友人』を吸血鬼などに預けて……食べてしまうかもしれないよ?」
ミッドナイトは意地悪く笑った。
「……からかいに乗る気はない……」
「おや、お見通しか……いけずな鬼だ……」
「丁重に預かれ……いずれ、受け取りに行く……」
紫色の外衣を翻し、ミッドナイトに背中を向ける。
「覗き魔な修道女は、君と魔皇の戦いも見たかっただろうに残念なことだ……斯く言う私もぜひ見てみたかったよ……」
「見世物になる気はない……」
ネツァク・ハニエルは森の奧へと消えていった。










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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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